祖父はよく香港や台湾に出かけていた。
仕事なのかプライベートなのか定かではないが、半分くらいは仕事もあったのだろう。
小学生の頃に鉄道模型をおみやげとしてねだって、買って来てくれた。
ディーゼル機関車と線路。香港と日本は電圧が違うので、トランス(電車を走らせる電源)は買ってこられなかった。
当時でも15000円もするトランスを親にねだって買ってもらい、鉄道模型人生がスタートした。
それはドイツの車両の鉄道模型でメルクリンというものだった。
交流で走る独自のシステムで、日本の鉄道模型とはまったく互換性がなかった。
車両も電動車が20000円以上、客車も5000円くらいと小学生の買えるものではなかった。
クリスマスや誕生日ごとに線路や車両を買ってもらうも、劇的増えることはなかった。
おまけに、HOゲージと言われる線路幅が16.5センチのそこそこ大きな鉄道模型。
広くない庶民の家では走らせるのも部屋一杯になってしまう状況。
自力ではほぼ買えず、中学くらいになると音楽などに興味が移り、すっかり走らせることはなくなった。
数年前、専門店を訪ねると、走行システムがデジタル化されて、現在発売されているものとの互換性はなくなった。
いつかドイツに行くことがあれば、なんて淡い気持ちを持っていたことは実現したが、模型として持っている車両は今から30年以上経っている車両で、当然のことながらすべて引退してしまっていた。
ドイツ博物館の昔の車両コーナーにかろうじて、ぼくが持っている模型と同じ車両が展示してあった。
パソコンの登場で、シミュレーターで鉄道が運転できるようになると、興味はそちらと、実際の鉄道に乗って旅に出る乗り鉄になってすっかり鉄道模型からは離れてしまった。
今でも天賞堂に行ったり、鉄道模型をみかけると足は止まるが、購入には至らない。
ただ、ジオラマを作るのは楽しそう…
仕事になるかな(=お金になるか)そんな気持ちばかり生まれてくるようになってしまった。