内田百閒「阿呆列車」

大人の休日倶楽部の会報誌に阿呆列車が載っていた。

Amazonより

おじいちゃんか!と思った。

当時、特急はとは東京車掌区、つばめは大阪車掌区で往復していたようだ。

父方の祖父は明治生まれの国鉄の車掌でボイ(百閒表記)から専務車掌まで出世した。SLの特急はと、電気機関車になってさらに特急こだまにも乗務し、まさに激動の国鉄時代、黄金期を走った人だ。

ロイド眼鏡が同じような印象にするのだろう。
渥美清やフランキー堺が主演する喜劇○○列車にも出てくるが、専務車掌といえばその列車の全責任者。お大尽も乗るし、ヤクザも乗る。トラブルも起きるだろうし、いろいろ苦労もあっただろう。

鉄道会社では大卒エリートでも車掌経験を積ませることが多い。それは、車掌は原則一人なのでなにか起きた時に一人で対処する能力が身につくし、車掌経験が長い人はその能力が身についているそうだ。

8歳の時、73歳で亡くなったので車掌時代の話はまったく聞けていない。それがすごく残念。恐山に行ってもそんな話はできないだろうし。

阿呆列車は大阪往復を用事もなくするような筆者、それも今の新幹線のグリーン車より高額な一等車に乗るというまさに阿呆(アホウ)列車。
ぼくの旅のスタイルも、何に乗るかが基本。もうすぐあの列車がなくなるから乗りに行く、あの車両に乗りたいからあそこに行く、同じ思考。名所を見たり、おいしいものを食べるのは無縁な旅。
そんな人が社長の旅行会社、百閒さんしかわかってくれないだろうなあ。