チータ

この夏最大のビックなイベント「水前寺清子コンサート」に参加してきた。
綾小路きみまろ氏が森進一の専属司会者であったように、水前寺清子にも専属司会者がいる。
幕が下りるとコンサートは終了し、アンコールはない。
花束やプレゼントなどを渡すコーナーもある。
いつも思うこと、一流の人は輝いている。
チータはただ歌が好きだった、歌がうまかった、そんなことだけじゃないのだろう。
スポットライトを浴びる資格があるんだ。それは彼女しか知らない努力があったからなんだ。
そんなことを考えながら、拍手をした。
一流になった人と自分と、何が違うんだろう。
若いときゃ二度ないドーンとやれ男なら
人のやれないことをやれ
チータは歌っていた。
俺もドーンとやらなければ。まだチャンスはきっとある。

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5件のコメント

  1. 一流とそうでない人の違い・・って”この位でまあ良いか”と思うかどうかだと思います。”まあまあ”で妥協するか、その道を極めるかの違いではないかなと竹は思うのです。
    でも、妥協しないで極め続けるのって、普通は無理。”その道”を極めることが自分の事だけでない(=他人のためでもある)という動機づけがあって、初めて、長い期間、気持ちを維持出来るんだろうなって思います。。

  2. あきらめるな、って簡単に言うけどそれが難しい。
    どうせ、なんて思ってしまう弱い自分がいます。

  3. ”あきらめる”か”あきらめないか”の違いって、自分が弱いかどうかよりも、その”こと”の内容によるのかもしれませんね。命かけてる”こと”なら、あきらめるということすら、思いつかないでしょうから。。例えば・・・人間、”食べる”ことを諦めたりしないですよね、ふつう。。

  4. 生きることをあきらめてしまった人が自殺してしまうのでしょう。
    「あきらめる」か「あきらめない」より本当は出来るか出来ないか、結果が大切な気もします。
    結果が出ないと経験にはなっても自信にはつながりません。

  5. ”食べること”を諦めて(食べることを止めて)命を絶つ例って少ないと思う・・・。
    昔のお坊さんで即身成仏する人の話をどこかで聞いたことありますが・・・。

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