その人の使命

友達の紹介で、衆議院議員のパーティーに出席することができた。
その議員はぼくと同じ歳で、さらにぼくが大学生活を広島で送っていたころ、彼はとなりの山口大学で勉強していた。
彼はというのは馴れ馴れしいようだが、好意の表れとしてご容赦いただこう。
卒業して(ぼくは中退だが)神奈川(ぼくは東京)に帰ってきたのも同じ頃だ。
ぼくが塾講師や予備校講師をしていたころの彼は東京大学大学院でさらなる専門教育を受けていた。
彼が東大を修了する頃に、今度はぼくがふたつめの大学(大学院ではない、中退だから)に入学したのかな。
同じくらいの年月を生きてきて、今の差はなんだろう。
それは自分の使命の認識力なのかと思った。自分の居場所を見つける力とも言えるだろう
彼は日本のために、ぼくはもっとみんなの近くの地域のために力になるのが使命なんだろう。
横浜のリーダー中田市長も言っていた。
市会議員より国会議員が偉いということではなくて、活躍する場が違うだけのことなんだ。
国のためになりたいなら国会議員、横浜市のために働きたいのなら市会議員になればいいんだと。
東国原知事も同じようなことを言っていた。
宮崎県をよくするために、国会議員になって宮崎を変えるより宮崎県知事になろうと。
石原都知事ももう国政には戻らないと言っていた。
つまり人それぞれ使命が違うんだ。
そんなあたりまえのことに、ぼくは気づいていなかった気がする。

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2件のコメント

  1. こんにちは。人の使命って人それぞれで、みんな違うから尊さがあるんです。
    国会議員だからって偉いんじゃなく、市議会議員だから偉くないのでもなく、
    ”○○議員”ていうのも”○○社長”というのも”この世における便宜的な呼称”でしかなくて。。どれだけ自分自身を生きることができるか。。。が人生ではないかと竹は思うのです。

  2. いいお父さんが、有能な社員とも限らないし、人それぞれいいところがあります。
    勝ち組、負け組などという言葉はよくありません。

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