朝645出発なので、5時過ぎに出る、ということは3時半起床。524発品川行きを待つ。仕事に行く人が数人。すごく寒い。
やってきた普通車はけっこう人が乗っている。スーツ姿はほぼいない。京急鶴見で急行羽田空港に乗り換えるが、この列車は座れないどころかけっこうな混雑。スーツケースを持っていたり、髪を詰めた空港で働く(またはCA)が乗っている。
羽田空港に549に着いたが、ラウンジの場所もわかりづらく、搭乗口はバスということで諦める。
宮崎空港で行けばいい。
機内販売が重要
ソラシドエアカード(クレジットカード)を持っていると10%割引で購入できる。
記憶の糸をたぐると、はじめての機内販売利用かもしれない。
飲み物のサービスのときに申し出ると、あとでお持ちしますと。渡されたのがこれ。
折ってあるところにカード利用明細がついていて、みどりの窓口で一緒に提出。返してくれといえば返してくれたのだろうか。
2人分で14600円で10%割引の13140円。この割引でカードの年会費分は回収(今年は入会年なので無料だが)
ほぼ定刻で宮崎空港に到着。朝8時半に宮崎にいるってすごい。
今日は博物館に行くくらいの予定なので、ラウンジで水分不足を補う。ヨーグルッペは甘いので飲まない。コーンスープがあまり甘くなくて意外においしい。販売休止したカールの味に似ている。つまり、スナック菓子のような味。
予定していたJRに乗るためにラウンジを出て、隣接の宮崎空港駅へ。地下に潜ることなく乗り換えられるのは便利。
なんの案内もなく延岡市行き列車は10分くらい遅れてくる。817系2両編成。817系は転換クロスシートとロングシート編成があり、クロスシート編成がやってきた。
宮崎空港駅から宮崎駅へ
画像は817系の別な列車
座席の向きを変えると、不慣れな人もまねをして転換させる。知らない人はそのまま座る人が多い。
次の田吉駅で特急列車とすれ違いのために停車。南宮崎に停車して、空港から約13分で宮崎駅へ。
宮崎駅みどりの窓口できっぷの交換と指定席の指定を受ける
18日 | 海幸山幸 | 宮崎=南郷 | 往復 |
きりしま13号 | 宮崎→都城 | 1号車希望 | |
19日 | きりしま3号 | 都城→鹿児島中央 | 1号車AB席希望 |
指宿のたまて箱1号 | 鹿児島中央→指宿 | ||
指宿のたまて箱6号 | 指宿→鹿児島中央 | ||
20日 | きりしま6号 | 鹿児島中央→宮崎 | 1号車AB席希望 |
このようにあらかじめエクセルファイルで作っておいて、窓口氏に見せて発券してもらう。
グリーン車指定席を利用の際は、特急券部分も支払う必要があり(運賃のみ有効)かなり割高。特急グリーンは特急券とグリーン券の分割はできないからなのか、いじわるなのか。
宮崎空港から使用することもできるが、今日は乗らないので明日から。
指宿のたまて箱1号は満席で、3号にしてもらう。2時間後なのでおそらく乗らない。
ホテルまで歩く。13分くらいなのでどうってことない。宮崎なんとか割で、宿泊料は半額。スーパールームというセミダブルのベッドの上にもう一段ベッドがある部屋で9200円の半額の4600円。温泉があって、朝食ついていて、9200円でもそこそこ安い。宮崎のホテルは全体的に高めだった。
紙が渡され、部屋に入るのも、大浴場の入口も暗証番号を入れるもので当然毎日変わる。
宮崎神宮近くにある回転寿司に向かう
歩いて46分くらい。荷物がなければ、知らない町を歩くのは楽しい。
JR日豊線 宮崎神宮駅
前にも来たことがあって、おいしかったので再訪。鹿児島に本社があり、鹿児島に10店舗くらい、熊本、宮崎に数店舗ある。回転せずに注文するタイプ。
瓶ビールと冷酒がともに803円で、冷蔵庫を見ると菊水の辛口本醸造300mlだったので、冷酒にすることに。小売店で瓶ビールが約300円、冷酒は500円近くする。
海鮮5貫盛りからスタート!
地魚三昧
カンパチ、本マグロ、天然鯛だったか、なんだったか…
かなりレベルが高い。
ブリが推しのようなので、大トロ
大トロでなくてもよかったが、生臭さもまったくなくおいしい。横浜で食べるブリは少し生臭いのであまり好きではないが、まったく別もの。
リュウキュウは魚を醤油ベースのたれで和えたものだが、少し辛いらしいのでコチュジャンが入っているのだろうか。ブリとなにかの魚の切り落としでつくっている感じ。
LINEとうろくしたら、ブリのレモン塩がもらえた。得だ。
金沢でブリを食べたときもおいしいと思ったが、こちらの方が上かもしれない(季節も関係している)
あまりにクセがなく、何を食べているのかわからないくらい。塩で食べるのもまたいい。
宮崎産生マグロ、キハダマグロだろうか。
800円のお酒を入れて、二人で4000円くらい。ブリがおいしかった…
宮崎では寿司虎というお店が人気店で行列ができるらしいが、あちらは北海道産の魚介が中心なので、宮崎県民以外はこのお店の方がおすすめ。
宮崎県立美術館と宮崎県総合博物館
宮崎神宮の近くにある、宮崎県立美術館
コレクション展は入館無料
これが気に入った。
海苔とる娘
舞い降りてきた天女が、船の上でまどろんでいる娘に、そっと寄り添い語りかけるようなしぐさをしている。この作品は、静岡県の清水港付近で海苔を収穫している娘たちの光景を見た中澤が、三保の松原に伝わる天女の羽衣伝説と娘たちの姿とを重ね合わせて描き出したものである。中澤は、明治29年22歳の時に[東京美術学校]の西洋画科に入学し、[外光派]の[黒田清輝]に師事する。[外光派]の特徴である明るい伸び伸びとした写実描写を取り入れて、日本的な題材をテーマに叙情性に富む作風をつくりあげた。(宮崎県立美術館より)
瑛九さんという芸術家が宮崎県出身らしい。若くして亡くなっているが、生きた証があった。
旅人
さっぱりわからん。
昭和26年から始めた[銅版画]と入れ代わるように、昭和31年に[瑛九]は[リトグラフ]の制作に没頭するようになる。その熱中ぶりは、「全くリト病です」と言わせるほどであった。この作品が制作された昭和32年は、油彩画が抽象表現へと移行する時期である。[リトグラフ]も[シュルレアリスム]的な作品から構成的な抽象へ、やがて[点描]の抽象へと目まぐるしく展開する。その中にあって、この作品は多色刷りで[瑛九]独特の精神世界を表現した密度のある作品となっており、[シュルレアリスム]的な作品の集大成といえよう。奥行きのある深い森の中に浮遊する不思議な物体、その中でさまよう人物など、暗い色調の中で、現代人がはらんでいる不安やゆううつなどを暗示しているかのようである。
(宮崎県立美術館より)
つばさ
もっとわからん。
瑛九は、長く暗い模索の中から脱出して独自の絵画の世界に到達したことを確かめながら、昭和34年の10月、自己を決定する仕事にとりかかると言って、この200号の大作を描きはじめる。しかし11月の夜、腎臓の衰弱のため激しい腹痛におそわれ入院する。そして12月に退院し自宅療養をしながら、気分の良い時に少しずつ絵筆をにぎり完成させたのがこの「つばさ」であり、最後の作品となった。他の点による作品に比べ、色彩はややうすく、研ぎ澄まされており、上部にまとまった凝縮された色点がある。その細かな点は動き始め、見る者を作品の中につつみこむ。単に鑑賞する作品ではなく、瑛九の精神を体感させてくれるものとなっている。まさしく瑛九の生命をたたきつけた絶筆である。
瑛九という名前は覚えた。
宮崎県総合博物館のとなり、宮崎県埋蔵文化財センターへ
復元方法などが詳しく説明されていた。展示は少しで、研究がメインの施設(当然)
宮崎県総合博物館
以前にも来たことがあるが、時間がなかったので急ぎで見た記憶。入館無料。
電灯を見ると灯火管制されているのがわかる。
これではおなかがすくよなあ。雑炊だし。
住宅の復元も
靴を脱いであがることができる。
漁具や農具が展示してある。でかいザルだと思ったら、いろいろなものを干すザルらしい。
一通り見学して満足したので、また歩いてホテルに帰る。ホテルでは大浴場が待っている。
南九州に来たらこれ。昼間ぜいたくしたので、夜は控えめにする。宮崎でしか売っていなそうな焼酎も買った。
新鮮な鶏肉の皮は黄色いらしい。
明日は観光列車で日南に行き、都城(宮崎県)でごちそうが待つ