思考は言語で行われる。
どこかで身につけた言葉。
人は物事を考えると気に、言語で行っている。
明日どーしようかなーと思ったとき、明日の風景を思い浮かべるだろうか。
明日は10時にコートジボアールだから、9時に起きればいいかな、と考えるのが一般的。
すべて言語で考えている。
コートジボアールを思い浮かべて、そこに向かう自分をイメージする人はごく一部(変態)
つまり、物事を考えると気には頭の中では言葉で考えている。
そうなると、言葉が少なければ論理も貧困になる。
赤、青、黄色、しか語彙力がないとしたら、色に関する考えも思考力も三色だけ。
漢字の勉強も単に記号のようなものを暗記するのではなく、意味のある文字を勉強することに意義がある。
難しい言葉を知っていることが偉いのではなく、ひとつのことを様々な表現でできる人が優れているのだと思う。
愚かな人ほど、あの人はいい人悪い人、という評価しかしない。
世の中にいい人悪い人なんていない。
よい子悪い子普通の子が正しい。